最近、デジタル教科書の導入を巡る議論を耳にしました。「重い教科書から解放される」という利便性と、「紙でなければ思考が深まらない」という現場の声。この対比を見ていて、ふと私たちの厨房の風景と重なるものがありました。
道具は進化しても、最後の一手は感覚にある
ステーキハウス和豪では、オープン以来、一貫して「フランベ」を行わず、自家製の塩胡椒と出汁醤油、そして私たちが長年積み重ねてきた手作業による味付けを大切にしています。
今の時代、最新の調理機器やデジタル技術を導入すれば、確かに効率は上がります。しかし、お肉の焼き加減を判断するのは、デジタルな数値やタイマーではありません。 鉄板の上で弾ける音の高さやリズム(耳)、メイラード反応がピークを迎えた瞬間の香り(鼻)、そして脂の浮き方や焼き色の変化(目)。この「目と耳と鼻」から伝わる、食材の生きたサインを読み取ることで、初めてその肉の個体差に応じた最高の一皿に仕上がります。
新しい技術は積極的に取り入れますが、「何のためにそれを使うのか」という目的を見失えば、それはただの効率化に過ぎず、お客様にとっての「一番美味しい瞬間」を逃してしまうことになります。
「完熟」させるのは、いつだって「使う人」
デジタル教科書の議論でも、「教える側のリテラシー」が鍵だと言われています。 新しい道具を導入した時、それを使いこなせるようになるまでの「完熟度」をどう高めるか。これには魔法のような近道はなく、結局のところ「とにかく使ってみること」に尽きるのではないでしょうか。
使い込み、失敗し、トラブルを乗り越え、自分たちの身体の一部になるまで使い倒す。そのプロセスを経て初めて、道具は本当の力を発揮します。導入する側がいかに「使いやすい環境」を整えても、それを現場でどう活かし、子どもたちの未来のためにどう「料理」していくかは、やはり教える側の手に委ねられているのだと感じます。
和豪がお客様にお届けしたいもの
デジタルか、紙か。どちらが良い・悪いという二元論ではなく、「どちらがより深く本質に迫れるか」を問い続けることこそが、これからの時代の誠実な姿勢ではないでしょうか。
当店でも、SNSでの発信や予約管理にはデジタルを活用していますが、お皿の上には、私たちが積み重ねてきた「手仕事」と「素材へのこだわり」を載せています。
デジタルの情報の波の中でも、皆様にとって「変わらない価値」を感じていただける場所であり続けたい。そう思いながら、今夜も皆様のご来店をお待ちしております。

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