最近、あるニュースが目に留まりました。行政の福祉事務所が、消費期限の過ぎたパンを提供し、それを食べた方が体調を崩したという報道です。
世間ではこの件に対し、「行政側の配慮が足りない」「いや、受け取った側の責任ではないか」と様々な議論が飛び交っています。食を扱う現場に身を置く者として、この話題は非常に考えさせられるものがありました。
■ 「五感」か「日付」か 私たちが日常的に扱う野菜や肉、魚には、工業製品のような「消費期限」が明記されていないものも多いです。そうした食材を扱う上で何より重要なのは、長年培ってきた「五感」です。鮮度はどうか、香りはどうか。その時の食材の生命力を判断し、最高の状態で提供することこそが、料理人の務めだと考えています。
日本の食品管理体制は世界に誇れるほど進化しました。しかし、どれほど厳格な数字やルールを並べたとしても、最終的に「食べるか否か」の判断を下すのは人間です。その判断の根底には、プロとお客様、あるいは提供する側と受け取る側の「信頼関係」が不可欠です。
■ 食を「恩」ではなく「権利」で消費することの危うさ 今回のニュースで私が最も残念に感じたのは、食を巡る「恩」と「権利」の境界線が非常に希薄になっている点です。
食料を無駄にしないという「善意」が、行政という組織の論理の中で事務的に処理され、そこに本来あるべきはずの人間同士の「持ちつ持たれつの関係」や、感謝の心が置き去りにされてしまっているように感じます。
食べる時に異変を感じれば、本来ならその場で口にするのを止めるのが食に対する敬意ではないでしょうか。自分自身の体調や食の安全を、他者に丸投げし、何かあれば責任を問う。そんな「リスクを他人に押し付ける」ような社会の空気が、結果として「何かあったら困るから、過剰に管理して、最初から何も渡さないようにしよう」という、行政の硬直化を招いているのだとしたら、これほど生きにくいことはありません。
■ 和豪が目指す「食」の在り方 当店「和豪」では、お客様に最高の一皿を出すために、妥協のない衛生管理と食材への向き合い方を徹底しています。それは決して「トラブルを避けるためのマニュアル」ではなく、お客様に「安心と感動」を届けたいという想いがあるからです。
食は本来、数字だけで割り切れるものではありません。信頼し合える関係があってこそ、食卓は豊かになるものだと信じています。
これからも、一つひとつの食材と誠実に向き合い、皆様に「ここに来て良かった」と思っていただける時間をお届けしてまいります。

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